2008/09/14

ノマド

最初にこのことばを知ったのは、スズキの車なわけなんだが、
大学生だった当時はそのCMイメージの「遊牧民」はピンとこなかった。

IT業界に足を踏み入れ、あっちこっちあれやそれやとやってきて
未だ根を張れない今の状況は、「遊牧民」をビンビン感じている(自爆)

忘れていたそのことばを思い出させてくれたきっかけは、スポンタ中村氏
(ちょっとどのエントリかは忘れてしまったが、たぶんコレ

再び忘却の彼方にいきかけた、このことばが佐々木俊尚氏のエントリで三度目の復活。
Googleストリートビューは食傷気味だったので読んでいなかったのだが、
今日買ったサブラ10月号の佐々木氏のコラムで、具体的な問題提起を読んだ後に、
上記のエントリを読んだらスルスルと入ってきた

そして、ぐぐって例によって松岡正剛氏のエントリへ導かれて(検索履歴のおかげかHit率がいいぜ!)
さらに未開の知のジャングルへいざなわれたのであった・・・

あー明日がお休みでよかった(笑)

2008/09/13

カリメロ

親からもらった殻をかぶったままのUnder10

それを脱ぎ捨てたUnder15

自分の殻をまといはじめたUnder20

2008/09/12

しゅっしゅっ!

守の20代

破の30代

離の40代

そして・・・

さて、どこにもどろうか

2008/09/11

クォンタムジャンプ

3月くらいからうにゃうにゃと新しく得た知識や情報をノートブックにぺたぺたはっているわけだが、

なんか不満ばかりだなぁ~
なんか同じところをぐるぐるまわっているのかなぁ~
やってなんかいいことあんのかなぁ~

なんて思った時期もあった


いつころからか、なんかしらないけど、習慣のようになり、新しい知識や情報を察知する感度が
あがったような、それを調べる精度もなんかあがったように感じている。

それはまるで、同じところをぐるぐるとまわっていると感じていたが、
それはすこしずつスパイラル状にまかれた針金のような軌跡をとっていて
ある日、ビョ~ンビョ~ンとはね始めたような感覚である。

2008/09/09

サンチャゴ巡礼

サンチャゴ巡礼はスペインに入ってから四つのプロセスに分かれると言われます。
振り返る区間、突き詰める区間、離れる区間、そして再生する区間。

俳句脳 茂木健一郎、薫まどか著 P39より

守破離の思想と相通じるものがあるなぁ。

2008/09/07

Vision

人って光を見ているようでいて、実は影を見ているんだ。

光は感じるもんなんだろうな。

2008/09/06

光の中にいても、目をつぶっていたら真っ暗

でも、光は見るもんじゃないし、光に向っていくものでもない

光を背中にしてごらん

目をあけることができるし、光が道を照らしてくれる

2008/09/03

感じ取る

昨日につづいて「俳句脳」より。

P33に 「説明しない」という美意識の文化である” とあるが、
本来は、個々の感性で感じ取る文化だったのではないだろうか?

そう思うに至った理由が、この本と同時に購入した「古事記の真実」での、

あかねさす紫野行き標野行き野守はみずや君が袖振る 額田王

紫草のにえる妹を憎くあらば人嬬ゆゑに吾恋ひめやも 大海人皇子

「古事記」の真実 長部日出男著 P44ー45 より

このことばの架け合い。

まるでJazzのインプロビゼイションのような、知性の粋をつくした情念と情念のからみ。
自分の想像もつかないリアクションを、受け手が全身全霊の感性を使って返してくる。

それが、いにしえから続く日本のコミュニケーションなのだろう。

2008/09/02

feel

「古池や蛙とびこむ水の音」を英語圏の人に伝える際、・・・(略)・・・
「Spring has come」といったほうが、その句が表す世界により近い、・・・(略)・・・

このような発想の飛躍こそ、時間も空間も自由自在である俳句の感覚に相応しい。

俳句脳 茂木健一郎、薫まどか著 P18より


<10/01/01追記>
芭蕉庵史跡展望庭園 - うにゃの散歩道
男のロマン - うにゃの散歩道

2008/08/31

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守りを固め引き籠っているもの

破壊の快楽に身を委ねるもの

見切りをつけて離れていってしまうもの

散りじりとなり決して廻り逢うことがない