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2010/01/10

内なるモノ

では、内なる「主もなく客もなく」は何なんだろうか?

そりゃぁ~DNAに決まっているでわないか。


1865年 メンデルの法則発表
1869年 DNA発見
1870年 西田幾太郎誕生

コスモ

客観を主観で包みこめていないとしたら、「まだ自我は無い」と言えるのかもしれない。
客観を教育によって積み重ね、いや、形成し、そこからはみだしたモノが主観を形成していくのか。

そして、「主観で包みこんだ客観」と「主もなく客もない」空間が、その人固有のセカイとなる。

では、主観の外側はどうなっているのだろうか?


”たとえば『風土』でも、「はれ」というひとつの言葉が「晴天」と「上機嫌」の両方に
 適用されているような例(「晴れた日の晴れ晴れしい気持ち」)が見受けられる。
 この連関の論理は多様な形で表されるけれども、それはさまざまな文化を超越している。

 実際には比喩的関係は言葉のレヴェルでしか機能しないのではなく、
 もしろ宇宙論的(コスモロジック)と言っていいレヴェルで機能する。

 そして文化はそれ自体に固有の秩序で、この宇宙論的な秩序を解釈するのである。”

 「風土の日本 自然と文化の通態」 オギュスタン・ベルク著 篠田勝英訳 ちくま学芸書房刊 より

2010/01/09

客観という皮膜


"「たとえば、色を見、音を聞く刹那、未だ主もなく客もない」"
松岡正剛の千夜千冊『西田幾多郎哲学論集』西田幾多郎

"しかしここにきて西田は人間の意識のはたらきというものは、主観が客観を「包む」のだと考えるようになった。自分という「見る」ものには、その自分を含む「無の場所」のようなものが介在していると考えた。"
松岡正剛の千夜千冊『西田幾多郎哲学論集』西田幾多郎


だから、「常識を破る」ことができる。

そして、「常識に囚われる」ことの危険性を読み取ることができる。


"「春雨」とか「時雨」という、それ自体ですべての自然との関係を集約する言葉に自分を捨てられる。"
松岡正剛の千夜千冊『俳句と地球物理』寺田寅彦
【コメント】レビアたんのツンのワビ・サビ・品ですな。
主観が科学的に分析され、客観となる。


<Link>
2009/01/02 - 私の中に
2010/01/09 - うにゃの散歩道

2010/01/01

(='ω'=)/ 新年あけましておめでとうございます。

(='ω'=)  今年のテーマは「」。


(=~ω~=) 雑草、雑木林、雑貨、雑誌・・・

(='ω'=) そのように暮らしていこうと思っています。


 ”自然感情は、詩の形で表現されるにせよ、一方で「客観的データ」に、 
 他方で「主観的イメージ」に、と二つに分類されるわけではない。
 またさらに、客観的なものの次元か、あるいは主観的なものの次元か、
 そのどちらかに問題を限定してはならないのだ。
 この感情は、そもそも混合的(コンポジット)な性質を持つ。
 すなわち、主観的なものと客観的なものを、固有の論理を備えた構成のなかに
 統合しているのである。”

      風土の日本 オギュスタン・ベルク著 篠田勝英訳 ちくま学芸文庫刊 P56より

2009/12/31

日本風土のDNA

 ”ギリシャの彫刻のすぐれているゆえんは、この「内なるものを外にあらわにする」という点に存する。
 それは外にあらわになるもののほかに内なるものが存せぬことである。
 ローマ時代のうつしに至ってはこの特性は残りなく失われた。

 摸作家は内よりの起伏としての面を平面的にひろがる面として受け取り、それを丁寧に模写する。
 面は滑らかにきれいになるが同時に何ものかを包む面になる。

 ところで、粉本たるギリシャの彫刻は何ものをも包まないものであるから、
 何ものかを包むという意味を持った面が何ものをも包まずして立つことになる。

 これが摸作の持っている強い空虚な感じのもとである。”

                        風土 人間学的考察 和辻哲郎著 岩波文庫刊 P218より

"ヨーロッパの教育は、論理や記憶を基本とし、そこに感情はない。
しかし日本は感じることを重んじる。"
日本の職人芸を世界ブランドに:茂木vsゲルマン (4)(Voice) - goo ニュース
【コメント】「だから模倣し改善することができるのではないか?」とのこと。


ギリシャから東に向かった文化と西に向かった文化を融合するときなのかもしれない。

2009/12/28

SF 09

"日本の都市って本当にすごいなあ"
Gizmodo Japan(ギズモード・ジャパン), ガジェット情報満載ブログ
【コメント】ネオトキオだなぁ 「高速道路が貫通しているビル」 http://www.gizmodo.jp/2009/01/post_4861.html

"分子配列情報にはコンピュータ内の膨大な記憶容量が必要なため、データは非可逆圧縮されて保存される(→データ圧縮)。そのため、現在のMP3のようなこぼれ情報も発生するようで、実物との間にはわずかながら差があり、レプリケーターによって作成した食事は、美食家たちからは不評であるらしい。"
レプリケーター - Wikipedia
【コメント】「非可逆圧縮」というのがリアリティがあっていいなぁ

"「人類が地球を窒息させている」"
地球へ… - Wikipedia

"「子供達から教育を奪う」"
YouTube - 天本 英世 プロフェッサー K
【コメント】「私はこどもがキライだっ!」・・・ツンデレじじぃw

"「破壊神の形を自分で選べ」"
結局何もしなかったマシュマロマン - 透明日誌

"このようにプラトンのアトランティス伝説におけるオリハルコンは、武器としては使われておらず、硬さ・丈夫さよりも、希少価値が謳われている。"
オリハルコン - Wikipedia

"ナヴィ族に特有の表現(の翻訳)として"I see you"(あなたが見える)という台詞が繰り返されるが、これは外見だけでなく心まで見通せるという意味を含む。"
映画『アバター』:ゼロ年代の最高傑作をお見逃しなく | WIRED VISION

"アトムの7つの威力"
鉄腕アトム - Wikipedia
【コメント】アトムの要求仕様(笑)

"開発の途中でローマ教皇庁に人間型ロボットを作ることの是非について意見を求め、問題がないことを承認してもらうなど、ホンダはこうした二足歩行ロボットに従来の機械にはない配慮をしている。"
ASIMO - Wikipedia

2009/12/07

"「遊びのおもしろさは、どんな分析も、どんな論理的解釈も受けつけない」"

松岡正剛の千夜千冊『ホモ・ルーデンス』ヨハン・ホイジンガ


"ところがわれわれは、この幼児や子供のころから体感している遊びが秘めているリズムやハーモニーが何であるかは、知ってはいない。知ろうとする以前に、体に入ってしまっているからだ。しかしながらわれわれは、そのリズムやハーモニーが何かによって破られたとき、とたんに自分が心地よい遊びの中にいたことを知らされるのだ。"

松岡正剛の千夜千冊『ホモ・ルーデンス』ヨハン・ホイジンガ

あそび

「遊戯というのは何か独自の、固有のものなのだ。
遊戯という概念そのものが、まじめよりも上の序列に位置している。
真面目は遊戯を締め出そうとするのに、遊戯は真面目をも内包したところで
いっこうに差し支えないからである。」
『ホモ・ルーデンス(遊戯人間)』 ヨハン・ホイジンガ著 より引用。
                                  定家明月記私抄 堀田善衛著

2008/04/29

ニーチェ

人間は行動を約束することができても、感情は約束できない。
真理の哲学 貫成人著 P38 より

約束し行動をおこすのを「自我」とすると、感情は「自己」なのか?
それとも逆なのか?

近世近代のヨーロッパ哲学や倫理思想は、自我中心の体系だった。

「自我」「わたし」は生まれたときからしぬときまで同一な、諸能力や欲望、意志、信念、思考、行為、責任の主体もしくは原因と考えられている。
同 P34~P35より

自己は関係の一様式にすぎない。
同 P35より

とすると、

約束し行動をおこすのは「自己」となり、感情は「自我」となるのか?

どれでもあり、どれでもない。ドゥルーズ/ガタリの言う「分裂者」を先取りした洞察なのである。
同 P41より


一体何故西洋近代の哲学だとか、社会思想だとかいうものをやっておると、人間がなんだか寂しくなったり、もどかしくなったり、或いは神経衰弱気味になったりするのか。

つまり、知識の、抽象的な、概念と論理の学問であるということです。
しかしここまで気がつくまでに大分時間がかかりました。
活学としての東洋思想 安岡正篤著 P23 より

(旧)権威と文法が必要で、最後まで責任を持たなければいけない。
(新)簡単に発言ができて、簡単にYes/Noが言えて、簡単に修正ができる。

21世紀はインターネットの時代。

2008/02/23

日の出

「言語論的転回」から「ウェブサイエンス的転回」へ 2008/02/22 - 18:00

声の文化と文字の文化(原題:Orality and Literacy)』は
AIジャーナルを毎号読んでいたときに買って読んだにゃぁ・・・
あと「Vison」という5000円くらいの本を同時期に読んだけど、
当時貧乏だったので(今もだが・・・自爆!)
たしか両方共、神田の古本屋(理系専門の地下があるとこ)に売ってしまった。

メタ言語とは (meta language) 用語解説 2008/02/22 - 18:00
>Web2.0は、コミュニケーション、コミュニティというカテゴリーを越えた
>多様でダイナミックな社会的な祭典であり、
>自己組織化なメタ・コミュニケーションの手がかりを与えるものといえる。

以上、
ウェブサイエンス2.0の胎動 森田 進 より

「昨日までの仕事」と「明日の仕事」 猪瀬直樹の「眼からウロコ」 2008/01/08より

これは そして誰もいなくなった の解答だった! あぁああああ知らなかった orz.

2008/01/07

古教心照、心照古教

 本というものは読まれたのでは仕様がないし、
 読まされたのでは大した力にはならぬ。

活学としての東洋思想―人はいかに生きるべきか
安岡 正篤 (著) P24より。

2007/12/22

コギト・エルゴ・スム

高校時代は理系にいながら「倫理社会」が最も得意だった。

物理学の祖と言われるニュートンの「プリンキピア」の
正式名が「自然哲学の数学的諸原理」

であると知ったときの感動を今風に例えると
(※80年代はじめの当時はパソコンの存在なぞ知らなかった。)

「ニュートンのパソコンに新しいディレクトリができる瞬間を
 リアルタイムで見た」


と表現することができる。

『「物理」ってことばってなかったんだ・・・なのに・・・すげぇ』
と感動した覚えがある。



さて、表題は哲学者デカルトの有名な言葉である。
デカルトが提唱した演繹法についてメモしておこうと思う。

>もっとも単純な要素から始めてそれを演繹していけば
>最も複雑なものに達しうるという、

>還元主義的・数学的な考えを規範にして、以下の4つの規則を定めた。
>
> 1. 明証的に真であると認めたもの以外、決して受け入れない事。(明証)
> 2. 考える問題を出来るだけ小さい部分にわける事。(分析
> 3. 最も単純なものから始めて複雑なものに達する事。(総合
> 4. 何も見落とさなかったか、全てを見直す事。(枚挙 / 吟味)
ルネ・デカルト 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ところで、表題のことばを最初に知ったのは、寺沢武一氏のコブラである。

地球どころか宇宙全体をも支配しようとしはじめたコンピュータの
暴走を止める為に
コブラが入力したキーワードである。