2008/10/02

Null

ちょいと調べ物をしていて、見つけたモデル。

openEHR Models, Archetypes and Biomedical Ontologies: openEHR_info_cycle.png

いわゆる「診察・診断」モデルと私はかってに名づけているのだが、最初にこの絵を見たときに
なにやらいや〜な違和感を感じた。

その理由がたぶんこれで、

治験ナビ-治験・医薬用語集<パターナリズム

たぶん、Closeしたサイクルにいや〜な感じを受けたのだろう。
つまり、負のベクトルが働いたときにど〜すんだろう?ってね。

しかし、即座に、正のベクトルを持つであろうことばを、思いついた

エンパワーエンパワメント) あるいは ホメオスタシス

そして、これらの概念から、昨日のアナロジーをうにゃうにゃと進めて見て、

ハイエク対ケインズふたたび - 池田信夫 blog 

を読んで、自分が現在置かれている状況からCMに脊髄コメントし、次のようになった。

investigator → 官僚
promoter → 政治家
coordinator → 政治家のとりまき大企業等
Broker →  大企業の下請け等
agents → 労働者
patient →  国民(あるいは自分の労働以外の労働サービスを受ける人)

さしさわりのないところで、investigatorを官僚とさせていただきました。<(_ _)>


なんというか、いたって当たり前のことなんだけど・・・
上位5つのクラスの人たちは結局は、最下層の patient なわけなんだよね。
不老不死の薬が見つからない限りは。
また、上位5つのクラスは一時的な借り物であって、実体なんてないんじゃないのとも思ってしまう。
それゆえに世襲が批判の対象になるんだろう。

そんな当たり前のことを忘れちゃってしまって、銭ゲバになっちゃっているのが
日本的社会主義の現状なのかな・・・なんて思ってしまう今日この頃。

<追記>
investigator → 官僚                 → 士:幕府(政府)に勤めているから
promoter   → 政治家               → 農:票田の大地主だから
coordinator → 政治家のとりまき大企業等   → 工:メーカー
Broker →  大企業の下請け等         → 商:文字通り
実はなんら江戸時代と変わってなかったりする・・・

2008/10/01

Virtualization

ITの仮想化はこちら

霞ヶ関の2ちゃんねらー - 池田信夫 blog を読んで、CMに脊髄コメントした昨日。
そして、今日。自分の最初のコメントを読んでふと思った

プリンシパル→ゲストOS
エージェント→ホストOS

日本では欧米と違って、神輿に担がれるのが政治家の仕事なんだろうけど、
それは維持期においてはいいのかもしれない。
変革期においては、たとえ批判の矢面になろうと前からどころか後ろから矢が飛んでこようと
不退転の決意と柔軟な思考をベースに方向性を決定していく人が必要なんだろう。

<追記>
納豆ごはんを食べながらアナロジーを進めてみた。

「でわ、ホストOSとゲストOSをインストールしたのは誰?」

2008/09/30

Insideout



UbuntuにVirutalBoxをインストールし、今度はW2k3r2(試用版)をインスト。
仮想ディスクのせいなのか、ちょっとインストに時間がかかったけど、
メモリ256Mしか割り当ててないのにサクサク動く。
マウスカーソルのレスポンスもほぼ違和感なく操作できた。

WinXPで作成したデータをバックアップしたDVDを読み込もうとしたのだが、
ubuntuにマウントできなかった・・・W2k3r2から読めるかなと思ったけどダメ・・・
ホストOS側で認識できないとダメみたい・・・

相変わらずFDはubuntuでは読み書きできるけど、ゲストOSのw2k3r2ではダメ・・・

いろいろと遊べそうだわい。

なんちゃってクアッドAtomの使用感も、他の用途がWeb&Office程度なので
Athlon64x2 3600+(1.9G)と体感なんら不満無し。

ときどきシステム・モニタを起動してはひとり (・∀・)ニヤニヤ していまふ。

<追記>
VirutalBox内は残念ながら、なんちゃってクアッドにならないみたい・・・
でも、ホストのCPU1〜4が順番に100%になっていくさまがなんとも愉快(笑)


ゲストのCPU使用率が100%なのに、ホスト側はサクサク♪
すごいよD945GCLF2
すごいよVirutalBox
すごいよubuntu

<追記2>
ゲストのメモリを256Mから384Mや512Mに設定したら、
ホストやゲストの動きが256Mのときよりモッサリになった。
インストール時の256Mで最適化されちゃってるのかしらん?

<追記3>
・どうやらもっさりの原因は「外観の設定」→「視覚効果」で「追加効果」にしたせいみたい。
 「視覚効果」を「効果なし」にしたら、ましになった。
・VirtualBoxのGuestAdditionをインストールして、ホストとゲストの画面をシームレスして、
 ゲストのwinXPを全画面表示にすると、1016x686と微妙な解像度で表示される。

2008/09/27

なんちゃってクアッド



すごいよ D945GCLF2

<追記>
システム→設定→メインメニュー→アクセサリ→AVGを右クリック→プロパティ

gksu 追加しないとAVGのupdateができないとのことです。
(;='ω')ゞ追加したら、/etc 配下もスキャンできました。

<Link>
アンチウイルス:AVG - goe3のUbuntu日記〜Linux初心者です〜

2008/09/26

shit



それはまるで、地球をつつみこむ海の波のように。


<追記>

(;><)ほんとうはタイトルは shit じゃなくて shift にしたかったんです!

(='ω')ノ shift →〈責任などを〉(人に)なすりつける((on/onto, to ...))

(='ω')ノ shit →見せかけ, 誇張, ほら, 偽り;たわごと

(='ω'=) なんか shit の方がいい(笑)

2008/09/25

chasm / 深い溝

【リファイン】業務利用のインターフェースの将来:いちのせレポート - CNET Japan

を読んで、プロとタイピング・・・もとい「プロトタイピング系インターフェース」に反応し、うにゃうにゃ。

プロトタイピング型開発につきあってくれるお金持ちなお客さんがいればいいんだが・・・

開発環境の発展にかかわらず、業務アプリケーションの歴史というのはあるわけで
それ以上に手作業の時代から、業務はあるわけで
コンピューターはそういった手作業の歴史のつみかさねによってつくられたわけで
また、コンピュータ化される業務もそういった手作業の時代からの歴史のつみかさねがあるわけで

そして、昨日調べた、「アーリーアダプター」から、

キャズム - @IT情報マネジメント用語事典's marks - コモンズ・マーカー

ありゃ、ビジョナリーって実は、アーリーアダプターだったのねん。

2008/09/24

風土

旅行者はその生活のある短い時期を沙漠的に生きる。
彼は決して沙漠的人間となるのではない。
沙漠における彼の歴史は沙漠的ならざる人間の歴史である。
が、まさにそのゆえに彼は沙漠の何であるかを、すなわち沙漠の本質を理解するのである。
風土-人間学的考察 和辻哲郎著 より

環境に抗うことあきらめてしまうほど、過酷な自然に囲まれてくらす人々はそれを「あたりまえのこと」
として理解し不思議に思わない。
過酷な自然に順応して生活することを選択することが、生き続けることとなる。
それに対してパッセンジャーである旅行者は自分が今まで住んでいた土地と比べて、その差異によって
過酷な環境を理解する。

2008/09/22

Don't Look Back

Boston - Don't Look Back 洋楽歌詞検索のTube365

最近、朝の通勤電車のなかでこれをワントラック・リピートで聞いている。

2008/09/21

Resonance

昨日のエントリのおかげなのか、違う調べものして何気に「リテラリーマシン」でぐぐったら
興味深い論文をひっかけてくれた。

情報化社会に求められる学力(雑誌「教育と文化」 No.16) 研究報告ライブラリより
Winds of ASIA=御園生純
 のサイト

2000年1月20日・・・前世紀末。

この論文の冒頭に、テッドネルソンの「リテラリーマシン ハイパーテキスト原論」からの引用がある。

カリキュラムは、どんなテーマでも単純化してしまう。それぞれのテーマの間に存在する多くのつ
ながりを切り落としてしまい、そのテーマの内容の豊かさや本来の魅力をそぎ落とした順序正しい
骨組みだけが残るのだ。(中略)さらに悪いことには、この教育システムは世界を『科目』に分け
ることができ、それぞれの科目がきちんと定義できるという態度を生徒に押しつける。また階層を
下から支える『基本』とその上に積み上げられた『高度な考え』というのがあって、後者はあとか
ら学ばねばならないという考えを受け付けているのだ。人々の知性の息吹きを破壊したり、彼らが
アイデアに没頭することや、考えたり、調査したり、仮説を立てたり興味をもったりするのを妨げ
るように、これほどうまく設計されたものは他にはないと言えるだろう。

テッド・ネルソンが指摘している「カリキュラム」の問題以外にも、「スケジュール」の問題もあるのではないだろうか?
「個人の理解の速度」を無視して、決められた期間内にできなければダメとする方法がである。
その結果、自分で考えるより「理解の加速度」が高い個に依存して、さらに、テクノロジーに依存してコピー
を受け取った結果が、
私が感じている「劣化コピー」の問題につながっているのではないだろうか?

2008/09/20

「私と言う名の他人」の存在意義

子供のころから昭和生まれ以前の人たちは、「通信簿」によって自分の評価を受け入れてきた。
「情報発信権」が限られた人たちの特権だった時代はそれはそれで社会は成り立っていた。

しかし、インターネットの普及により情報発信」が一般の我々でもできるようになった今、
「情報発信権」の価値は大暴落しているのではないだろうか。

たとえば、生まれてから今までの「生涯通信簿」があり、それが「私」の「社会」における地位を
決めていたとしよう。
「インターネット以前」の20世紀においてはそれは揺るがすことのできない「運命」だったのかもしれないが、
「インターネット以後」の21世紀においては、自ら情報発信をすることによって、「生涯通信簿」の評価を
覆すことも可能になってしまったのではないだろうか。

もし、「生涯通信簿」を守ろうとする組織がいたとしよう(笑)
たぶん、彼らは自分達が下した「主観的な評価」を守るための「方策」をとるだろう。

その「主観的な評価」は既に大暴落してしまった「情報発信権」を有していた人たちしか見ないのに。

<Link>
<特集ワイド>この国はどこへ行こうとしているのか 鷲田清一さん


九月の「生命(いのち)の言葉

     一燈を提げて暗夜を行く 暗夜を憂ふるなかれ 只一燈を頼め
                                            佐藤一斎
皆中稲荷神社 にて拝受。