私にはこういう歌や、歌に歌を重ねる本歌取りのことを見ていると、
作歌態度そのものが、実に天皇制度というものとぴったりと重なったものとして見えて来ることがある。
前者はつくるためにつくり、つくられ。後者は存在し、かつ存続するためだけに存在している。
歴史としては過去と現在しかなく、それ自体としての未来の展望はない。
定家明月記私抄 堀田善衛著
<Link>
お蔭参り:イザ!
アルシーブ:イザ!
2009/12/02
2009/12/01
2009/11/27
心無き

Amazonに頼んだ文庫本3冊本日到着。
昨日は高田馬場で2冊購入し、1冊は昨日1章を読んだ。
2冊目を今日読み始めたのだが、はじめにを読んだ段階で、
腹が立って本を破き捨てた。
今はやりの脳に関する本だったのだけど、はじめにに、命のいの字もでてこない。
それなのに「私」より「脳」だなんて!
人間を肉の集まりとしか思っていないのだろうか?
そのうちこのようなヒトタチは「脳」で「命」を計るのではないかと危惧する。
"We don't need no education"
洋楽歌詞検索のTube365 - Pink Floyd / Another brick in the wall (part 2)の歌詞
2009/11/15
割らない
"この「割らない」という真淵の見方こそ、のちに宣長に継承される。"
松岡正剛の千夜千冊『本居宣長』小林秀雄
【コメント】「いきほひ」(勢=息追い)
ひとつにしないことも、割らないことなのかもしれない。
"「わからない」"
「知る力」よりも「観る力」:DESIGN IT! w/LOVE
【コメント】見えていない
本来、異なるモノをひとつにして、分からなくなる、見えなくなる。
"活版印刷"
Twitter / テストユーザー: 大手の宗教(?)ができた頃はネットどころか活版印刷す ...
【コメント】日本は飛鳥奈良時代から印刷技術があったから、あっちこっちに神様仏様が生まれていったのかなぁ・・・意図して一つにまとめなかった=「割らなかった」(=内と外に分けなかった)としたら・・・恐るべし八百万(やおよろず)政策!
2009/11/06
機械化可能な人たち
先日、仕事の帰りにメシを食っていたとき。
2組の集団がガヤガヤとしゃべっていた。
1組はアブラギッシュな中年おじさん。
アブラを巻き散らかすように熱くしゃべっていた。
もう1組は20代前半の若者たち。
まるで台本を読むようにしゃべっていた。
<2009/11/07追記>
2組の集団がガヤガヤとしゃべっていた。
1組はアブラギッシュな中年おじさん。
アブラを巻き散らかすように熱くしゃべっていた。
もう1組は20代前半の若者たち。
まるで台本を読むようにしゃべっていた。
"より重要な役割"
プロマネの仕事に二つの変化 - 記者のつぶやき:ITpro
【コメント】「管理と監視」どちらが重要? ルール通りか? ルールから外れたか? 機械化可能か?
<2009/11/07追記>
"「そのレベルのことはすべて理解できます」"
InfoQ: Kent Beck氏 Implementation Patternsを語る
【コメント】そんなもんじゃねぇ(笑)
"信頼とは制御を諦めることを意味します。多くは信頼によるのです。想像とは確信を減らすことを意味します。訂正とは最初から完璧に始められないことを認めた事を意味します。"
InfoQ: アジャイルの本質的な要素
2009/10/20
家と城壁
まだ読み切っていない 「風土 - 人間学的考察」和辻哲郎著。
久しぶりに手にとって読んでみたら、ストンと腑に落ちる一節があった。
洋服とともにはじまった日本の議会政治が依然としてはなはだ滑稽なもであるのも、
人々が公共の問題をおのが問題として関心しないためである。
城壁の内部における共同の生活訓練から出た政治の様式を、この地盤の訓練なくして
まねようとするからである。
「家」を守る日本人にとっては領主が誰に代ろうとも、ただ彼の家を脅かさない限り
痛痒を感じない問題であった。
よしまた脅かされても、その脅威は忍従によって防ぎえるものであった。
すなわちいかに奴隷的な労働を強いられても、それは彼から「家」の内部における
へだてなき生活をさえ奪いさるごときものではなかった。
それに対して城壁の内部おける生活は、脅威への忍従が人から一切を奪い去る
ことを意味するがゆえに、ただ共同によって争闘的に防ぐほか道のないものであった。
だから前者においては公共的なるものへの無関心を伴った忍従が発達し、後者においては
公共的なるものへの強い関心関与とともに自己の主張の尊重が発達した。
(P201より)
確かに、日本の城はどちらかといえば、殿様の家ということができる。
日本の西洋の城に近い城壁に囲まれた街といわれて思い出すのは、2年間住んだことのある
戦国時代織田信長と対立した商人の町堺。
久しぶりに手にとって読んでみたら、ストンと腑に落ちる一節があった。
洋服とともにはじまった日本の議会政治が依然としてはなはだ滑稽なもであるのも、
人々が公共の問題をおのが問題として関心しないためである。
城壁の内部における共同の生活訓練から出た政治の様式を、この地盤の訓練なくして
まねようとするからである。
「家」を守る日本人にとっては領主が誰に代ろうとも、ただ彼の家を脅かさない限り
痛痒を感じない問題であった。
よしまた脅かされても、その脅威は忍従によって防ぎえるものであった。
すなわちいかに奴隷的な労働を強いられても、それは彼から「家」の内部における
へだてなき生活をさえ奪いさるごときものではなかった。
それに対して城壁の内部おける生活は、脅威への忍従が人から一切を奪い去る
ことを意味するがゆえに、ただ共同によって争闘的に防ぐほか道のないものであった。
だから前者においては公共的なるものへの無関心を伴った忍従が発達し、後者においては
公共的なるものへの強い関心関与とともに自己の主張の尊重が発達した。
(P201より)
確かに、日本の城はどちらかといえば、殿様の家ということができる。
日本の西洋の城に近い城壁に囲まれた街といわれて思い出すのは、2年間住んだことのある
戦国時代織田信長と対立した商人の町堺。
