越境の古代史 田中忠生著 のメモ。
二三九 卑弥呼、魏に遣使。「親魏倭王」の号を授かる。
・・・どうやって卑弥呼さんは魏という国があることを知ったのだろう?
『魏志』倭人伝には倭人の養蚕のことや、卑弥呼が魏に布を贈ったことなどが記されている
・・・そのころから、繊維産業(?)はあったのか
飛鳥寺造営のために渡来した百済の技能者には、ペルシャ系の人々が含まれていたという
・・・聖徳太子の頃、技能者はその頃からあっちこっちいっていたのか?
『書記』は白雉5年(六五四)四月に「吐火羅国」の男二人女二人、舎衛の女一人が日向に漂着した
と伝える。
・・・無文銀銭の頃はまだ日本では銀は発見されておらず、朝鮮半島では銭貨は使われておらず、
中国でも銀貨は使われていなかったとのこと。
著者はその人たち(インド・タイ系)が銀銭という技術を広めたのではないかと推察している。
六六六 百済の男女二千余人を東国へ移配。
・・・660年百済滅亡。
六八一 天武天皇、律令編纂を命じる。「三韓」渡来の「帰化人」に一〇年間の税免除を行う。
・・・歴史があるなぁ(謎)
「新羅」って、新しい「羅」の意味?

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