2008/04/29

ニーチェ

人間は行動を約束することができても、感情は約束できない。
真理の哲学 貫成人著 P38 より

約束し行動をおこすのを「自我」とすると、感情は「自己」なのか?
それとも逆なのか?

近世近代のヨーロッパ哲学や倫理思想は、自我中心の体系だった。

「自我」「わたし」は生まれたときからしぬときまで同一な、諸能力や欲望、意志、信念、思考、行為、責任の主体もしくは原因と考えられている。
同 P34~P35より

自己は関係の一様式にすぎない。
同 P35より

とすると、

約束し行動をおこすのは「自己」となり、感情は「自我」となるのか?

どれでもあり、どれでもない。ドゥルーズ/ガタリの言う「分裂者」を先取りした洞察なのである。
同 P41より


一体何故西洋近代の哲学だとか、社会思想だとかいうものをやっておると、人間がなんだか寂しくなったり、もどかしくなったり、或いは神経衰弱気味になったりするのか。

つまり、知識の、抽象的な、概念と論理の学問であるということです。
しかしここまで気がつくまでに大分時間がかかりました。
活学としての東洋思想 安岡正篤著 P23 より

(旧)権威と文法が必要で、最後まで責任を持たなければいけない。
(新)簡単に発言ができて、簡単にYes/Noが言えて、簡単に修正ができる。

21世紀はインターネットの時代。

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