2010/01/23

権威権力という幻想装置

しかし、京をはるかに離れた鎌倉にいる内大臣、右大臣というものも、まことに妙なものである。
実に、現実を失って浮き上った者を、強烈に惹きつけるものとしての、京都の幻想装置が
如何に有効かつ高度に作用するものであるかが、実朝の側から見てあわれなほどにも
明らかに見えてくる。
             定家明月記私抄続篇 源実朝 建保元年-六年 堀田善衛著 より

平氏から源氏、京から鎌倉。
源氏から北条氏、京と鎌倉。
公家と武士。

教科書には載っていなかった生々しい権力闘争が淡々と語られていくなかで
ふと和歌が入りほっとさせる。

2010/01/21

日記というノウハウ

 七月廿日には公事竪義なる、公事についての研究論議が行われ、
 定家はその論議の「問者」を命ぜられ
  :
 その他もろもろの公事の記録が必要であり、記録はすなわち諸家の日記であったことから、
 これを借りる必要が出てくるわけである。
 けれども、そこが狭量小心な貴族たちのこと「今ニ於テハ日記ヲ借ス人無シ・・・」

定家明月記私抄続篇 堀田善衛著 より

これはそういうことがあったから苦心して作ったのかなぁ・・・

2010/01/19

定家明月記私抄(正)メモ

先日ようやく正を読了したので書き散らかした関連したものをまとめておく。

2009/11/08
 21:28 topazos  上野公園で看板を見た。
2009/11/23
 18:16 墓守をする猫 前期展を見に行った。
 23:51 松岡正剛の千夜千冊『定家明月記私抄』正・続 堀田善衛 マーク1
2009/11/24
 19:00 松岡正剛の千夜千冊『定家明月記私抄』正・続 堀田善衛 マーク2
 19:03 マーク3
 19:23 アルシーブ
2009/11/25
 09:00 松岡正剛の千夜千冊『知の考古学』ミシェル・フーコー マーク5
 09:01 マーク6
 19:56 盗作とは何か4 マーク1
 19:57 本歌取 - Wikipedia マーク1
 20:04 asahi.com : 朝日新聞社 - 冷泉家 王朝の和歌守(うたもり)展 展示構成 マーク1
 20:47 遊び足りない 探しに行った。
2009/11/26
 10:21 「1980年4月4日、朝日新聞の朝刊1面トップ」asahi.com : 朝日新聞社 - 冷泉家 王朝の和歌守(うたもり)展 マーク1
 10:22 asahi.com : 朝日新聞社 - 冷泉家 王朝の和歌守(うたもり)展 見どころ マーク1
 19:31 my sky hole  後期展を見に行った。
2009/11/27
 21:29 アマゾン 本キ(・∀・)ター!。
2009/12/03
 15:29 雨読
2009/12/04
 14:59 空は晴れるも
2009/12/05
 20:54 権威でもなく権力でもなく
2009/12/07
 16:14 あそび
 18:07 松岡正剛の千夜千冊『ホモ・ルーデンス』ヨハン・ホイジンガ マーク1
 19:21 マーク2
2009/12/08
 16:51 蕭瑟ノ景気ヲ望ミ、独リ感ジ思フ
2009/12/11
 21:59 『定家明月記私抄(堀田善衛)』その4 - 南包の風呂敷 - 楽天ブログ(Blog) マーク1
2009/12/29
 19:39 都鳥 伊勢物語
2010/01/06
 18:27 言問 伊勢物語
2010/01/08
 17:59 有家にがすな
2010/01/09
 00:48 江戸の文人サロン : 書評 : 本よみうり堂 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) マーク2
 18:36 松岡正剛の千夜千冊『西田幾多郎哲学論集』西田幾多郎 マーク1
2010/01/11
 20:32 曇り一時晴れ 正読了。
2010/01/18
"一点のリアル"

松岡正剛の千夜千冊『定家明月記私抄』正・続 堀田善衛
【コメント】我 (10/01/20 8:30追記)詠んだ我と読んだ我

"やっぱり果物は齧ってみないと味はわからず、買った本はソファで赤ペン片手にページを開いてみないとわからない。"

ISIS本座 - 『なぜ金融リスク管理はうまくいかないのか 』リカルド・レボネト 松岡正剛の千夜千冊

2010/01/10

内なるモノ

では、内なる「主もなく客もなく」は何なんだろうか?

そりゃぁ~DNAに決まっているでわないか。


1865年 メンデルの法則発表
1869年 DNA発見
1870年 西田幾太郎誕生

コスモ

客観を主観で包みこめていないとしたら、「まだ自我は無い」と言えるのかもしれない。
客観を教育によって積み重ね、いや、形成し、そこからはみだしたモノが主観を形成していくのか。

そして、「主観で包みこんだ客観」と「主もなく客もない」空間が、その人固有のセカイとなる。

では、主観の外側はどうなっているのだろうか?


”たとえば『風土』でも、「はれ」というひとつの言葉が「晴天」と「上機嫌」の両方に
 適用されているような例(「晴れた日の晴れ晴れしい気持ち」)が見受けられる。
 この連関の論理は多様な形で表されるけれども、それはさまざまな文化を超越している。

 実際には比喩的関係は言葉のレヴェルでしか機能しないのではなく、
 もしろ宇宙論的(コスモロジック)と言っていいレヴェルで機能する。

 そして文化はそれ自体に固有の秩序で、この宇宙論的な秩序を解釈するのである。”

 「風土の日本 自然と文化の通態」 オギュスタン・ベルク著 篠田勝英訳 ちくま学芸書房刊 より

2010/01/09

客観という皮膜


"「たとえば、色を見、音を聞く刹那、未だ主もなく客もない」"
松岡正剛の千夜千冊『西田幾多郎哲学論集』西田幾多郎

"しかしここにきて西田は人間の意識のはたらきというものは、主観が客観を「包む」のだと考えるようになった。自分という「見る」ものには、その自分を含む「無の場所」のようなものが介在していると考えた。"
松岡正剛の千夜千冊『西田幾多郎哲学論集』西田幾多郎


だから、「常識を破る」ことができる。

そして、「常識に囚われる」ことの危険性を読み取ることができる。


"「春雨」とか「時雨」という、それ自体ですべての自然との関係を集約する言葉に自分を捨てられる。"
松岡正剛の千夜千冊『俳句と地球物理』寺田寅彦
【コメント】レビアたんのツンのワビ・サビ・品ですな。
主観が科学的に分析され、客観となる。


<Link>
2009/01/02 - 私の中に
2010/01/09 - うにゃの散歩道

2010/01/05

はがきと封筒

はがきは何が書いてあるか見ようと思えば見れる。
封筒は見れないけれど、破れば中身が見れる。

だからといって、中身を見ていいふらす人はいない(たぶん)。

誤配があったら同じアパートだったらポストへ入れておくし
昔住んでいた人だったら郵便局へ届ける。

それが社会人のモラルってもんなんだろう。

2010/01/04

自然を看護する

”日本の自然は自然のままの形においては実に雑然と不規則に荒れた感じになる。
ヨーロッパの牧場ほどに整然とした感じの緑草の原を作るためには、
日本においては除草や草刈りや排水の配慮や土の固まり方などについて
不断の注意手入れを怠ることができぬ。
 :
日本人をして造園術についての全然異なった原理を見いださしめた。
自然を人工的に秩序立たしめるためには、自然に人工的なるものをかぶせるのではなく、
人工を自然に従わしめねばならぬ。
人工は自然を看護することによってかえって自然を内から従わしめる。
 :
仕事そのものの意義においてはギリシャの芸術と規を一にすると言ってもよい。”

                   風土 人間学的考察 和辻哲郎著 岩波文庫刊 P225より

<Link>
2008/05/15 - はらっぱ
2008/08/10 - ただいま

2010/01/01

(='ω'=)/ 新年あけましておめでとうございます。

(='ω'=)  今年のテーマは「」。


(=~ω~=) 雑草、雑木林、雑貨、雑誌・・・

(='ω'=) そのように暮らしていこうと思っています。


 ”自然感情は、詩の形で表現されるにせよ、一方で「客観的データ」に、 
 他方で「主観的イメージ」に、と二つに分類されるわけではない。
 またさらに、客観的なものの次元か、あるいは主観的なものの次元か、
 そのどちらかに問題を限定してはならないのだ。
 この感情は、そもそも混合的(コンポジット)な性質を持つ。
 すなわち、主観的なものと客観的なものを、固有の論理を備えた構成のなかに
 統合しているのである。”

      風土の日本 オギュスタン・ベルク著 篠田勝英訳 ちくま学芸文庫刊 P56より