まだ読み切っていない 「風土 - 人間学的考察」和辻哲郎著。
久しぶりに手にとって読んでみたら、ストンと腑に落ちる一節があった。
洋服とともにはじまった日本の議会政治が依然としてはなはだ滑稽なもであるのも、
人々が公共の問題をおのが問題として関心しないためである。
城壁の内部における共同の生活訓練から出た政治の様式を、この地盤の訓練なくして
まねようとするからである。
「家」を守る日本人にとっては領主が誰に代ろうとも、ただ彼の家を脅かさない限り
痛痒を感じない問題であった。
よしまた脅かされても、その脅威は忍従によって防ぎえるものであった。
すなわちいかに奴隷的な労働を強いられても、それは彼から「家」の内部における
へだてなき生活をさえ奪いさるごときものではなかった。
それに対して城壁の内部おける生活は、脅威への忍従が人から一切を奪い去る
ことを意味するがゆえに、ただ共同によって争闘的に防ぐほか道のないものであった。
だから前者においては公共的なるものへの無関心を伴った忍従が発達し、後者においては
公共的なるものへの強い関心関与とともに自己の主張の尊重が発達した。
(P201より)
確かに、日本の城はどちらかといえば、殿様の家ということができる。
日本の西洋の城に近い城壁に囲まれた街といわれて思い出すのは、2年間住んだことのある
戦国時代織田信長と対立した商人の町堺。
0 件のコメント:
コメントを投稿