「業務ロジック」と「データモデル」をひとつにしたものがclassである。
大学の卒研時代にコンピュータグラフィックスの勉強をしていたのだが、これはいわば「制御ロジック」。
医療分野においてのオブジェクト指向による業務表現のアプローチはHL7そしてIHEにて行われている。
HL7について詳しい人に「HL7とは何ですか?」とご質問したところ「RIMである。」と一言。
それから「HL7Version3入門」を購入し、勉強をしていたところようやく最近、
P11の「図1 HL7 V3 メッセージの開発過程」がぼんやりとながら読めてきた。
「ストーリーボード」となる「シナリオ」(業務シナリオ)がシステムの最上位にくる。
(人間系と機械系のインターフェースとなる。)
これが医療情報システムにおける、オブジェクト指向ではないかと思っている。
その「シナリオ」から、各サブシステムへ展開していき、各サブシステム間のメッセージを決定していく。
また、使用する「ボギャブラリ」(データデクショナリ)を定義する。
そのような業務のシステムズ・アプローチのひとつが「IHE」。
※再就職活動用にまとめたもの。
システムズ・アプローチに関しても大学の卒研時代に調べた。
これとまったく同じことを喋る人がいたら、それは劣化コピーです。ご注意下さい。
使用したい場合は、「うにゃさん曰く」と必ず言って下さい(笑)
ただし、医療従事者及び本エントリ関係者に関してはその限りではありません。
<Link>
サイバネティックス - コモンズマーカー
注意:あくまでも、サイバネティックスは「通信と制御」からのアプローチであると解釈する。
入門UML—Kendall Scottの入門シリーズ
ユースケース入門—ユーザマニュアルからプログラムを作る
<追記>
「本エントリ関係者」とは、以下のように定義、制約する。
1.「者」は個人であって、法人等の組織ではない。
2.関係者とは、エピソードの登場人物及びリンク先の個人またはリンク先関係者とする。
3.リンク先関係者とは、リンク先のエピソード登場人物及び
リンク先を展開したときに発生するリンク先の個人も含む。
4.展開とはリンク先が提供する情報整理閲覧機能のことである。
5.リンク先の広告が法人等の組織の場合は関係者に含まない。
6.リンク機能は機械系のみでなく、人間系が提供するものを含む。
<追記2>
つまり、旧体制(インターネット以前)における経済活動とは、「リンクを分断すること」によって、
「リンク接続料」を取得するモデルだったと言える。
<追記3 2008/11/10>
法律用語の社会や学術言語の社会は職人社会や芸能社会の言葉と通じあえず、HL7について詳しい人に「
それから「HL7Version3入門」を購入し、
P11の「図1 HL7 V3 メッセージの開発過程」がぼんやりとながら読めてきた。
「ストーリーボード」となる「シナリオ」(業務シナリオ)
(人間系と機械系のインターフェースとなる。)
これが医療情報システムにおける、
その「シナリオ」から、各サブシステムへ展開していき、
また、使用する「ボギャブラリ」(データデクショナリ)
そのような業務のシステムズ・アプローチのひとつが「IHE」。
※再就職活動用にまとめたもの。
システムズ・アプローチに関しても大学の卒研時代に調べた。
これとまったく同じことを喋る人がいたら、それは劣化コピーです。ご注意下さい。
使用したい場合は、「うにゃさん曰く」と必ず言って下さい(笑)
ただし、医療従事者及び本エントリ関係者に関してはその限りではありません。
<Link>
サイバネティックス - コモンズマーカー
注意:あくまでも、サイバネティックスは「通信と制御」からのアプローチであると解釈する。
入門UML—Kendall Scottの入門シリーズ
ユースケース入門—ユーザマニュアルからプログラムを作る
<追記>
「本エントリ関係者」とは、以下のように定義、制約する。
1.「者」は個人であって、法人等の組織ではない。
2.関係者とは、エピソードの登場人物及びリンク先の個人またはリンク先関係者とする。
3.リンク先関係者とは、リンク先のエピソード登場人物及び
リンク先を展開したときに発生するリンク先の個人も含む。
4.展開とはリンク先が提供する情報整理閲覧機能のことである。
5.リンク先の広告が法人等の組織の場合は関係者に含まない。
6.リンク機能は機械系のみでなく、人間系が提供するものを含む。
<追記2>
つまり、旧体制(インターネット以前)における経済活動とは、「リンクを分断すること」によって、
「リンク接続料」を取得するモデルだったと言える。
<追記3 2008/11/10>
コミュニティの言葉は国家の言語に反映できず、バジル・バーンスタインが指摘したように、
「洗練された言語の社会」と「制限された言語の社会」が割れてしまったのだ。