2010/01/21

日記というノウハウ

 七月廿日には公事竪義なる、公事についての研究論議が行われ、
 定家はその論議の「問者」を命ぜられ
  :
 その他もろもろの公事の記録が必要であり、記録はすなわち諸家の日記であったことから、
 これを借りる必要が出てくるわけである。
 けれども、そこが狭量小心な貴族たちのこと「今ニ於テハ日記ヲ借ス人無シ・・・」

定家明月記私抄続篇 堀田善衛著 より

これはそういうことがあったから苦心して作ったのかなぁ・・・

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